(2025/11/29 更新)
ロン・ハーパーは1954年1月20日、オハイオ州デイトン出身のガード。
マイアミ大学では、同校史上最高のスコアラーとして通算2,500点以上を記録。1986年ドラフトでクリーブランド・キャバリアーズから8位指名を受けてNBA入りし、1年目から平均19.0得点・5.0リバウンド・4.8アシストを記録。攻守のバランスの取れたスコアリングガードとして頭角を現した。その後は王長期のシカゴ・ブルズやロサンゼルス・レイカーズでプレーし、フィル・ジャクソンHCのもとでマイケル・ジョーダンやコービー・ブライアントとプレー。堅実な「ディフェンス型司令塔」として5度のNBA優勝を経験した。
Profile(プロフィール)

| 氏名 | Ron Harper (ロン・ハーパー) |
| 生年月日 | 1954年1月20日 |
| 出身地 | アメリカ合衆国 オハイオ州デイトン |
| 身長 / 体重 | 198cm / 97kg |
| 出身校 | マイアミ大学 |
| ポジション | SG / PG |
| ドラフト | 1986年ドラフト8位 |
| 引退 | 2007年 |
| 所属チーム | 1986 – 1989:CLE(キャバリアーズ) 1989 – 1994:LAC(クリッパーズ) 1994 – 1999:CHI(ブルズ) 1999 – 2001:LAL(レイカーズ) |
| 主な受賞歴 | リーグ優勝(1996–1998, 2000, 2001) オールルーキー 1st チーム(1987) |
Play Style(プレースタイル)
ブルズとレイカーズの王朝を支えた、歴代屈指の万能ガード
1980年代後半におけるリーグ屈指のスコアリングガードでありながら、キャリア中盤以降は「ディフェンスとゲームコントロールを重視する司令塔」として、堅実なプレーで強豪チームを牽引した万能ガード。
キャリア前半はサイズとウィングスパンを活かし、スピードのあるドリブルを武器にスラッシャーとして積極的にアタックするプレースタイルで得点を量産。俊敏性と長いストライドを武器に、ドライブからのレイアップやジャンプシュートを中心にオフェンスを構築した。
1990年に膝の大怪我を負って以降はプレースタイルを大きく変え、王朝期のシカゴ・ブルズではフィル・ジャクソンHCが提唱した「トライアングルオフェンス」の一角としてプレーメイクとディフェンスに徹するプレースタイルに変貌。大型PGとして、サイズとバスケットボールIQで相手をマンツーマンで抑え込むディフェンスが評価された。
- オフェンス
- 3
- 勝負強さ
- 4
- テクニック
- 4
- 身体能力
- 3
- ディフェンス
- 4
- ディフェンス力
- サイズとポジショニングパスレーンを遮断し、1〜3番を守ることができる。
- オフェンスの柔軟性
- キャリア初期はスラッシャー、後年はトライアングル内のパサーとして機能するバスケIQの高さを持つ。
- リーダーシップ
- 自我を抑え、必要な役割を全うする成熟したメンタリティをもち、スーパースターとの共存が可能。
- アウトサイドシュートの安定性
- キャリア通算での3P成功率は28.9%と、ディフェンスにスペースを与えられる傾向がある。
- オフェンス面での積極性
- オフェンスの柔軟性はあるが、自身の得点に関しては消極的すぎる面もある。
- 怪我による運動能力低下
- キャリア中盤以降は怪我の影響でスピードと跳躍力が著しく落ち、攻撃面での爆発力を失った。
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Stats(スタッツ)
| PER | 15.6 |
| BPM | 1.8 |
| OBPM | 0.4 |
| DBPM | 1.4 |
| USG% | 21.5% |
| TS% | 51.1% |
PER :実力指数。リーグ平均は15。
BPM :選手の貢献度を表す指標。平均は0。
OBPM:攻撃でチームに与える影響(0で先発クラス)
DBPM:守備でチームに与える影響(0が先発クラス)
USG%:その選手で終わったオフェンス割合。
TS% :全シュートを考慮したシュート確率。
↓詳細なスタッツはBasketball Reference(英語:外部サイト)へ



