【コラム】全員バスケで挑むラプターズ、ニック・ナースHCの特異点

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現役屈指の2ウェイプレーヤーであるカワイ・レナードと、チーム生え抜きのデマー・デローザンの衝撃的なトレードを経て、ラプターズは2018-19年にチーム初のリーグ優勝を果たした。マルク・ガソルやダニー・グリーンといった実力派プレーヤーに加えて頭角を現したパスカル・シアカムなど、もともと手強いチームではあった。しかし、2018-19シーズン優勝の原動力は紛れもなくレナードであり、彼なしではファイナル進出も難しかったかもしれない。

2019-20シーズンのラプターズは、中心選手としてチームを優勝に導いたレナードとグリーンの2人の屈指の2ウェイプレイヤーを失ったことで、プレーオフ当落線上に低迷するとみられていた。しかし、2019-20シーズンのラプターズは予想外の快進撃を見せた。最終的にイースタンカンファレンスで2位という好順位をキープし、オフェンスレーティングで11位、ディフェンスレーティングは2位とリーグ屈指の成績を残している。特筆すべきはディフェンスで、リーグ屈指のディフェンス力を持つレナードを失ったにもかかわらず、ディフェンスでリーグ2位という成績を残しているのは驚異的だ。この背景には、1年目にしてチームを優勝に導いたニック・ナースHCの手腕によるものが大きい。

目次

ニック・ナース就任後のラプターズの変化

ニック・ナースは海外リーグや下部組織でコーチ職に携わってきた。2013年にラプターズのアシスタントコーチに招聘され、将来の名将とも評されていたドウェイン・ケイシーHCの元で経験を積んだ。ケイシーHCの元で強豪チームへと成長したラプターズだったが、2018年にケイシーを解雇し、その後任としてナースがHCに昇格した。

就任1年目にしてレギュラーシーズンを2位で通過し、チーム初の優勝を果たしたナースだが、そのチーム基盤はケイシーが作ったものを踏襲している。チーム初の優勝をカナダにもたらしたナースHCだがレナードの活躍が大きく、前任のケイシーHCやレナードの貢献が世間では注目を集めており、「おこぼれ優勝」とも揶揄されることも少なくなかった。そういった経緯もあってナースの手腕は大きく注目されていなかった。その評価を覆したのが2019-20シーズンだ。

レナード、グリーンの離脱のよって戦力面では大きく後退した。MIPを獲得した経験もあるパスカル・シアカムが新エースとなり、カイル・ラウリー、マルク・ガソルという面子は引き続き在籍したが、プレーオフ当落線上が大方の予測であった。その予想を大きく裏切ったことで、ラプターズの育成部門とナースの手腕が大きく評価されることになる。

ナースのHC就任前から今季までの3年間のスタッツ比較が下記だ。

     2017-18
(  就任前  )
2018-19
(1年目:優勝)
2019-20
(  2年目  )
WIN%72.0%70.7%73.6%
PTS111.7114.4112.8
FG%47.2%47.4%45.8%
3P%35.8%36.6%37.4%
FT%79.4%80.4%79.6%
REB44.045.245.4
AST24.325.425.2
TOV13.414.014.8
STL7.68.38.8
BLK6.15.35.0
PF21.721.021.7
+/-7.86.16.2
OFFRTG113.0112.6110.8
DEFRTG105.3106.8104.7
NETRTG7.75.86.1
AST%59.0%60.3%62.7%
AST/TO1.821.811.70
AST RATIO17.918.218.1
PACE98.02100.52101.19
レギュラーシーズン成績

ナース体制に変わってからのラプターズは、スティールとターンオーバーが増えている。これは攻守両面でボールを動かすことが増えていることが伺える。それを示すようにオフェンス面ではAST%とターンオーバーが増加している。反面、ディフェンスではブロックが減少し、リバウンド数が改善していることからタフショットを打たせてボックスアウトで獲っている可能性がある。事実ディフェンス・レーティングとペースが上がっていることから、ケイシー体制よりチームでディフェンスを回していることが伺える。つまり、ラプターズは個人スキルよりもフォーメーションを重視しており、それが強みであるといえる。

「奇策」と呼ばれるディフェンス・フォーメーション

さらに面白いデータがある。

    2017-18
(  就任前  )
2018-19
(1年目:優勝)
2019-20
(  2年目  )
OPP PTS OFF TO15.015.916.9
OPP 2ND PTS13.212.913.5
OPP FBPS11.613.512.7
OPP PITP45.347.541.5

対戦相手のペイント内での得点(OPP PITP)に着目すると、優勝した2018-19シーズンはペイント内での被得点が増加しているが、2019-20シーズンには平均6点も減少している。これはケイシーHC時代よりも約4点改善している。これは大きな変化だ。これを生んでいるのが、ナースHCのディフェンス・フォーメーションだ。このナースHCのディフェンス・フォーメーションを海外のYouTuberの方が解説してくれている。

この動画を見てすぐに分かるのは、ボールマンに対してゴールと平行にラインを引くのは当然として、必ずヘルプディフェンスに向かっているということだ。ポジションにこだわらずゾーン的な布陣を敷くことで、ボールマンの選択肢を狭めている。結果としてボールマンはタフショットか苦し紛れのパスを迫られることになる。これがスティールが増えた要因だろう。

このナースHCのフォーメーションは「奇策」と言われることもある。マンツーマンでマークマンを守りきるか、ゾーンを敷いてエリアを守るが定石なのは間違いない。これがバスケットボールにおいて定石となっているのは、ディフェンス時の役割が明確になり、選手を迷わせないという利点がある。

逆にいうと、ラプターズのディフェンスは選手のリアルタイムでの判断力と連携が求められる。この判断力と連携はチームスポーツであるバスケットボールでは当然必要な要素であるが、現実的に機能させるには非常に難しい要素でもある。1人でもディフェンスの判断力に難があるとフォーメーションは簡単に崩れ、相手にイージーショットを許すことになる。バスケットボールのエリート集団であるNBAにおいては選手のエゴのぶつかり合いは少なくない。その中でこういったシステマチックかつ選手の連携が必要になるフォーメーションを機能させることは容易ではない。

ラプターズのデイフェンスの強みはチームで守ることだが、これは試合終盤になるにつれて強みを増す。2018-19シーズンにはレナードというリーグ屈指のディフェンダーが1on1でエースを守りきる場面も少なくなかったが、現状の戦力でレナードほどの制圧力のあるディフェンダーはいない。それをカバーするためのチームディフェンスだ。常にオフェンス側に圧力をかける仕組みになっているため、相手の判断ミスを誘うこと多くなり、相手はリズムを崩すことが増える。つまり、ラプターズのディフェンス戦術は「攻撃的ディフェンス」であるといえるだろう。

チームディフェンスの鍵はアヌノビーの成長

ナースのこの戦術で大きな役割を担っているのが、3年目のOG・アヌノビーだ。

レナードを彷彿とさせるリーチの長さを武器にしたフィジカルなディフェンスに評価が高かったが、2019−20シーズンにディフェンスの要として起用されたことで大きな成長を見せた。特にフットワークの良さとディフェンスの勘の良さで2選手とカバーすることができる。また、ポジションに関係なく守ることができ、オフボールでのポジショニングが非常に良いため、相手にボールを持たせない仕掛けを作り出している。アヌノビーはスタッツ以上にラプターズにとって重要な選手であり、ラプターズのディフェンス面でのエースといって良いだろう。

また、エースのパスカル・シアカムもアヌノビー同様に長いリーチとフットワークの良さが持ち味だ。アヌノビーよりはオンボールのディフェンスを任される機会が多くなっている。2018-19シーズンにレナードが担った役割をシアカムに任せ、それを補完するためのフォーメーションの比重に厚みを持たせた形だ。

カイル・ラウリーやフレッド・ヴァンブリートといったガードの選手もヘルプで使うことでチーム全体の機動力の上昇につながり、ペースが上がる要因になっている。絶対的なスター選手はいないものの、バスケットIQの高いディフェンス志向があるスペシャリストを各ポジションに配置していた。それが、ラプターズの美しい戦術を生んでいる。

2019-20シーズンに低迷すると予想されていたラプターズは予想外の快進撃をみせ、多くの人を驚かせた。その原動力には徹底したチームディフェンスの意識があるといえる。複雑なフォーメーションは選手を選ぶが、選手個人の能力が大きな影響をもつNBAにおいて、ポジションにこだわらない戦術はラプターズの戦術は異質であるといえる。ラプターズは優勝時の主力選手の離脱が急速に起こっているが、ナースHCの戦術がそういった事態でもNBAレベルで機能するのかは非常に興味深い点だ。

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