2020-21シーズンも後半戦に入り、今季の趨勢が見えてきたことで3月下旬のトレードデッドラインでは多くの選手が移籍し、一部選手はバイアウトからの強豪チームへ移籍した。
ラマーカス・オルドリッジとブレイク・グリフィンはスーパーチームを結成したネッツへ、全盛期を迎えているリーグを代表するセンターであるアンドレ・ドラモンドは連覇を狙うレイカーズへと移籍した。
相次ぐビッグネームの強豪チームへの移籍は、リーグに小さくない波紋を呼んでいる。
バイアウト制度とは
「バイアウト」とは選手とチームが協議の上で、対象選手を放出することだ。
解雇(ウェイブ)とは違い、選手とチームの双方の合意がバイアウトの条件となる。つまり、チームと選手のどちらかが放出を拒否した時点でバイアウトは成立しない。
通常のバイアウトはチーム構想に入っていない選手に行われる。サラリー(給与)の交渉も含まれるが、選手としても契約金を少々減額したとしても戦力外である球団でキャリアを過ごすよりも、強豪チームに移籍できるチャンスがあるバイアウトはメリットがある制度だといえる。
チーム側 | 選手側 | |
メリット | ・サラリーを節約 ・選手の要望を聞くというイメージ | ・強豪チームとの契約チャンス ・一定のサラリー保障 |
デメリット | ・選手放出の見返りがない ・一定のサラリー支払いが必要 | ・サラリーの減額 ・次のオファーは未確定 |
バイアウトは選手に有利な制度
メリット/デメリットを見比べればわかる通り、バイアウトは基本的には選手に有利な制度だ。解雇と比べると減額されるとはいえ、契約金のの一部は保証され、強豪チームや好みのチームに移籍できるチャンスがある。ある程度の知名度と能力があるベテラン選手にとって、バイアウトは不都合がほとんどない制度だといえる。
(実績に乏しい若手選手や、引退間際のベテラン選手になると次のチームが決まらないリスクもある。)
一方でチーム側はサラリーの圧縮につながり、構想外の選手のサラリーを早いタイミングで清算できるというメリットがある。
しかし、トレードでの放出とは異なり、見返りとして選手やドラフト指名権を獲得できるわけではない。しかも、バイアウトで市場に出る選手の多くは大型契約を結んでいることが多く、減額されたとしても少なくないサラリー負担を行う必要がある。
バイアウト問題の本質

バイアウトはチームと選手の合意によってなされるものであり、ルール上でも問題がある制度というわけではない。
しかし、今回のグリフィンやドラモンドのバイアウト移籍が問題視されているのは、バイアウトという制度がチーム運営に不平等さをもたらす可能性があるからだ。
『Sports Illustrated』は、「バイアウトになった選手は優勝候補にしか行かない。ビッグマーケットのチームは本来は獲得できなかった一流選手をタダ同然で契約することができる。」と、あるスモールマーケットの球団関係者の話を紹介している。
これは、スモールマーケットのチームには大きな問題となる。
大都市と違い、スモールマーケットのチームは金銭的な制約が大きいといわれている。そのためスモールマーケットのチームは大物選手をFAで獲得することが難しく、ドラフト指名を中心に、長い時間がかけて若手選手を発掘・育成し、その脇を優秀なロールプレーヤーで固めていくというのがチーム作りの定石だ。
バイアウト制度の活性化はこの論理を崩す可能性がある。
大物選手のバイアウトが横行しすぎると、大物FAを獲得しやすい大都市チームが常にスター軍団であり続ける可能性があるのだ。これはスモールマーケットにとって、せっかく育てた若手スターが、何の見返りもなくチームを出ていくことを容認することに等しい。
一方で、スター選手をFAで獲得できる可能性が高い大都会のチームは、バイアウトを経た有力選手を最低保証額で獲得できるチャンスがあるのだ。
バイアウトという制度は、いわばルールの抜け道だ。
ドラモンドもオルドリッジもグリフィンも、本来のサラリーであればレイカーズやネッツは彼らを獲得できなかっただろう。特にドラモンドに関しては全盛期を迎えているリーグ屈指のビッグマンを最低保証で契約できたのは、本来のチーム作りからは逸脱した補強といえるだろう。
また、『Sports Illustrated』は前述の球団関係者の話として、選手のエージェントからの圧力を示唆した。選手からのバイアウト要求を呑まないと、将来に渡ってそのエージェントが仲介する選手を獲得させないという圧力が存在しているというのだ。
これが事実とすれば、再建に時間がかかるスモールマーケットにとって非常に不利な状況になっているといえる。
バイアウトは規制されるべきか?

ルール上、バイアウトには何の問題もない。
また、実のところ全盛期を迎えている選手がバイアウトを経て移籍した例は少なく、バイアウトを経て獲得した選手が優勝に貢献した事例も殆ど見当たらない。
これまでは構想外のベテラン選手を放出するというのが一般的なバイアウトだった。
しかし、今回のネッツのオルドリッジとグリフィンの獲得、特にレイカーズのドラモンド獲得はバイアウトの価値を根底から覆す可能性がある出来事だ。
原則として、NBAは30チームが平等に勝つチャンスがあるように「戦力均衡」を方針に掲げている。現実的には大都市が選手獲得に有利なのは間違いないが、少なくとも建前上はすべてのチームに等しくチャンスがある必要がある。しかし、一部のチームのみが利益を得ることができるバイアウト制度は、戦力均衡の原則に反する可能性があるのは間違いない。
NBAがバイアウトについて黙認しているのは、これまで戦力均衡の原則に反するほどバイアウトが影響を及ぼしてこなかったからだ。また、大都市のチームが強くなることはリーグにとって悪い話ではなく、大都市のチームがファイナルに進出するとNBAの視聴率は跳ね上がる。グッズ販売でのライセンス収入も期待できるだろう。
また、選手の発言権が大きくなっている現代においては「選手へのリスペクト」という体裁で、選手の意向を重視する傾向がある。
こうした状況から、リーグはバイアウトを積極的に制限する方向には動かないのではないかと思う。
しかし、戦力均衡を建前にしつつ、制度の抜け穴ともいえるバイアウトを容認することは長期的にはNBAの人気低迷に繋がると思う。大都市のファンには嬉しいかもしれないが、チームの固定化はリーグの流動性や競技性を阻害する。
長期的にはリーグの縮小につながっていく可能性を孕むバイアウトが横行するようであれば、オーナー会議でも大きな問題になってくるであろう。