ニックスは約10年にわたって苦しいシーズンを過ごしている。2012-13シーズンを最後にプレーオフの舞台に立てていない。1998-99シーズンに”ミラクル・ニックス”という大アップセットを演じてから、実に20年の歳月が経った。
2019-20シーズンのニックスは、21勝45敗でイースタン12位でシーズンを終えることとなった。昨年の17勝65敗(勝率20.7%)と比べると悪くない数字ではあるが、プレーオフ進出には程遠い成績だ。
ビジョンなき再建を繰り返すニックス
ニックスは2019-20シーズン中にデイビッド・フィッツデールHCを解雇した。 4勝18敗でイースタン最下位という成績では仕方ないが、フィッツデールの解雇にはリーグのHCからも同情の声がある。ウォリアーズのスティーブ・カーもその1人で、「コーチの才能も大事だが、それと同じぐらい組織の強さが大事」と、暗にビジョンなき再建を繰り返すニックス首脳陣を批判した。
たしかにフィッツデールのHCとしての手腕には疑問がある。
2019年ドラフト3位のRJ・バレット、ケビン・ノックス2世、ミッチェル・ロビンソンと、将来性のある若手がいる中で、優秀なロールプレーヤーであるはずのマーカス・モリスにエースの役割を与えるなど、普通に考えるとありえない選手起用を行った。フィッツデールはアシスタントコーチとしての実績は豊富にあり、ヒート時代には優勝も経験しているが、HCとしてチームを立て直すことができなかった。フィッツデールの後任となったコーチ歴30年のマイク・ミラーHCが最低限立て直したことからも、彼がHCとしてチームをまとめられなかったことは明白だ。結局、ケビン・デュラントやカイリー・アービングを獲得するための人脈とみられていた時点で、フィッツデールの運命は決まっていたのかもしれない。
選手獲得についてもニックスは毎年のように大物FAの獲得を狙うことによって、チーム作りに一貫性が持てていない。チームを担うと思われたクリスタプス・ポルジンギスは一貫性のないチーム運営に愛想を尽かし、ニックスの象徴になることを期待された地元のカーメロ・アンソニーもチームを去った。 ニューヨークという巨大ブランドを武器に大物FAの獲得を狙うも、デュラントやカイリーを獲得することは叶わなかった。結果としてジュリアス・ランドルやボビー・ポーティスなどのグッドプレーヤーだがグレートではない選手に高額な契約を与えてきた。
次期HCの最有力候補はトム・シボドー
2019年に比べてスター選手が少ない2020-21オフシーズンは、ニックスにとっても比較的静かなオフになる可能性がある。2019-20シーズン中断後のニックスの目下の話題は、暫定HCであるミラーの後任だった。 結果としてニックスは、次期HCとしてミネソタ・ティンバーウルブズを離れたトム・シボドーと5年契約を結ぶことで合意したとESPNが伝えた。
シボドーはシカゴ・ブルズ時代にデリック・ローズやジミー・バトラーを育てた実績があり、ディフェンスシステムに定評があるHCだ。シボドーは選手からの評判も良く、シボドーの元でプレーしたローズ、バトラー、ザック・ラヴィーンらはシボドーのコーチングを絶賛している。一昨年にウルブズで上手くいかなかったアンドリュー・ウィギンズでさえもシボドーのコーチングを賞賛している。この点から見ても、才能ある若手が揃うニックスにシボドーは適したHCであると思われる。
しかし、シボドーの起用が現代のNBAに合っているかについては一考の余地がある。 現代のNBAは10年前よりもアップテンポなオフェンスが展開されており、ブルズ時代に評価されたシボドーのディフェンスシステムが通用するかは未知数だ。ウルブズではチームををコントロールすることができず、チームは空中分解した。シボドーは主力選手を長時間起用する傾向があり、ディフェンスにおいても常に多くの運動量を求める。シボドーのもとで開花したローズ、バトラー、ノア、ラヴィーンが膝の怪我を負っていることは偶然とは言い難い。シボドーの思想は、選手のロードマネジメントが許容される現代にはマッチしない可能性もある。
“ニューヨーク”という呪縛を解き放てるか?
スティーブ・カーが指摘したように、フィッツデールを擁護する材料も少なからずある。フィル・ジャクソンの失敗の延長上にあるチーム状況、フィッツデールの人脈を駆使してスター選手の獲得を期待したニックス首脳陣の安直さなど、ニックスのチーム運営に筋がないことが問題の根源だ。
ニックス以前のフィル・ジャクソンの功績に疑問の余地はないが、ジャクソンの代名詞であ「トライアングル・オフェンス」は当時のニックスの選手に合っている戦略とは言えなかった。また、時代は3Pシュートを多用したトランジションオフェンスが主軸になっており、トライアングル・オフェンスは時代に合ったシステムでもなくなっていた。ジャクソンに球団運営を任せた代償は大きく、ポルジンギスやカーメロはチームを去り、核がなくなったチームは再建に舵取りせざるえなくなった。しかし、ニックス首脳陣は「強豪への返り咲き」を直近の目標に設定し、デュラントやカイリーに代表される大物FAの獲得に熱心だった。そのためにサラリーキャップを空け、HCとしての実績よりも人脈コネクションに強みがあるフィッツデールを起用した。バレットやロビンソンなどの将来性のある若手を育て、時間をかけて再建していくことに着目すればフィッツデール以外の選択肢も多く残されていた。それでも大物FA獲得を疑わなかったのはニックス首脳陣の驕りといえる。
ニックスは大都市ニューヨークにあるため、潤沢な資金と魅力をもっている。ニューヨークでプレーすることは選手たちにとっても憧れだった。しかし、デュラントやカイリーを対岸のブルックリン・ネッツに取られたことからも、現代の選手にとって大都会というだけではプレーする意義が少なくなっているのかもしれない。アリーナから遠い練習施設、チームの風土、チーム首脳陣の悪評など、大都市がゆえにニックスが胡坐を組んでいた部分が、現代のNBA選手からは魅力に映っていないのだ。
2021年のオフに向けて、早くもニックスはアンソニー・デイビスやヤニス・アデトクンボの獲得を模索していると噂されている。そのために、バックスで師弟関係だったジェイソン・キッドをHCに据えるプランも検討されていた。しかし、既に絶対的エースとしての地位を築いているヤニスがバックスを離れる場合に求めるものは優勝だろう。そのため、キッドのHC就任がヤニス獲得とイコールではない。ニックス首脳陣はこのことにそろそろ気付くべきだ。
ニューヨークブランドゆえに、ニックスはスター選手に好かれている「はず」の球団だった。しかし、そのブランドを過信するあまりチーム運営がおざなりになっている。3年6,300万ドルという高額契約を与えたランドルを僅か1年で見切りをつけ、チーム方針が右往左往していることがニックスが抱える最大の問題だ。
ネームバリューに価値を置き、若手や優秀なロールプレーヤーを育てきれない風土を見直すことは、ニックスが強豪に返り咲くためには必要不可欠なことだ。シボドーであれば少なくともその風土は作れる可能性がある。 あとはジェームズ・ドーランをはじめとするニックス首脳陣がこれまでの悪癖を見直し、スターが来たがるチームになるのを数年かけて辛抱強く作っていけるかにかかっているといっても過言ではないだろう。