2020−21シーズン前に10日間契約をトロント・ラプターズと結んだ渡邊雄太の躍進が止まらない。19試合が終わった時点で13試合に出場し、平均3.3点、3.6リバウンド、0.5アシスト、0.6ブロックを記録している。数字だけみると特筆すべきスタッツではないが、渡邊がラプターズにもたらした影響は数字以上に大きい。
10日間契約から予想を上回る飛躍

シーズン前にラプターズと10日間契約を結んだ時点での渡邊への期待値は高いものではなかった。チームの序列でいえば最下位であり、良くて2way契約を結び、Gリーグでのプレーが中心になると考えられていた。しかし、キャンプから結果を出し続け、1年契約の2way契約を結んだ末にロスター入りを果たし、バラつきがありながらも直近は5分〜15分程度起用されている。
NBA全体を見渡しても、渡邊が序盤のシンデレラボーイの1人であることは間違いない。
1月29日のサクラメント・キングス戦では24分起用され、地元メディアからも大きな評価を受けた。ファンからの人気もうなぎ上りで、現地カナダのTwitterトレンドでは1位と5位にランクインするほどだ。2年連続シーズンMVPのヤニス・アデトクンボ、歴代屈指のスコアラーであるケビン・デュラントとマッチアップする場面もあり、シーズン前には想像できなかったレベルのプレーを見せている。
2020-21シーズンでNBAで3年目となる渡邊だが、過去2年間のグリズリーズでの起用はかなり不安定だった。そこで今季のスタッツを100ポゼッションで比較してみたいと思う。
2018-19 | 2019-20 | 2020-21 (1/29時点) | |
PTS | 11.1 | 16.0 | 12.9 |
FG% | .294 | .441 | .341 |
3P% | .125 | .375 | .409 |
TRB | 8.9 | 8.9 | 14.1 |
ORB | 1.1 | 3.1 | 3.6 |
DRB | 7.7 | 5.8 | 10.5 |
AST | 2.3 | 2.2 | 1.8 |
STL | 1.1 | 2.2 | 1.8 |
BLK | 0.3 | 0.4 | 2.4 |
役割はディフェンスで流れを変えること

過去2年間との100ポゼッション換算でのスタッツ比較で目立っているのは、3P成功率が大幅に向上しており、ディフェンスリバウンドとブロックが大きく伸びていることだ。
シーズン序盤の数字であるため徐々に収束していくだろうが、3P成功率は2021年1月30日時点でのリーグ平均である36.5%よりも5%高い。これはオフェンスにおいてはまだ信頼を完全に勝ち得ておらず、シュートを打つのは完全にオープンな場合に限られていることが影響している。
渡邊がラプターズで信頼を勝ち得ているのはディフェンスだ。
ニック・ナースHCのディフェンス戦術は複雑で、選手のディフェンス意識とバスケットIQが不可欠だが、渡邊はそれに見事にアジャストしている。2019−20シーズンをイースタン2位で勝ち進めた最大の要因はこのディフェンスシステムにあることから、ディフェンスはラプターズというチームの核といえるだろう。

渡邊はニック・ナースHCのディフェンス戦術で必要とされる要素をすべて持っている。
OG・アヌノビーが背負っている役割を、渡邊はセカンドチームでフォローすることができているのだ。渡邊はアヌノビー同様に複数のポジションを守ることができ、チームディフェンスへの理解度が非常に高い。常に手を抜かず、流れるようなディフェンスでの機動力はラプターズの武器の1つになっている。アヌノビーが欠場している影響もあるが、パスカル・シアカム、フレッド・バンブリート、ノーマン・パウエルらとプレーする時間が多くなっていることも、渡邊のディフェンスでの機動力がチームで重宝されていることの証明だ。渡邊の出場中のラプターズの数字を見てみよう。
on court (出場時) | off court | |
eFG% | .526 | .530 |
ORB% | 26.0 | 21.6 |
DRB% | 80.6 | 75.9 |
AST% | 54.9 | 64.0 |
STL% | 11.4 | 8.7 |
BLK% | 15.0 | 11.5 |
TO% | 16.9 | 14.3 |
OFF RTG | 110.4 | 111.8 |
DEF RTG | 108.1 | 112.1 |
渡邊出場時のラプターズはリバウンドとブロックが、チームとして増えていることがわかる。スティールも大きく増やしており、よりチームディフェンスが機能していることが読み取れる。
個人スタッツでも100ポゼッション換算でリバウンドは14.1、ブロックについては平均で2本以上伸ばしており、これはボックスアウトを徹底していることに加えて、フィジカルが強いビッグマンにも当たり負けしなくなったことが示されている。2019−20シーズンのラプターズはディフェンスで勝つチームだったが、渡邊はラプターズ特集のアグレッシブな守備に合致していると言えるだろう。
また、渡邊はエナジー溢れるプレーで指揮官やチームメイトの信頼を勝ち得ている。エナジー自体はスタッツに表れにくいが、チームにエナジーをもたらす選手の存在は、ゲームの流れを引き寄せる。ニック・ナースHCは次のように地元メディアに語っている。
自分がどこにいるべきなのかを理解している。常に動き回り、相手に対して手を上げるなど、積極的にチームに貢献している。一度だけローテーションが少し遅かったことがあったが、それはハーフタイムに伝えた。それ以外では常に正しいプレイをしてくれている
https://www.sportingnews.com/jp/nba
また、ラプターズの中心選手の1人であるカイル・ラウリーは、渡邊について次のようにインタビューで答えている。
彼は本当にハードにプレイしていて、コート上では常に最大限のエナジーを出してくれる。ルースボールに飛び込んだり、正しい場所にいたりと、全力を出してプレイしてくれる選手だ。(ディフェンスだけではなく)シュートもできるのがプラスだ。さらに身長もあるから、リングまで攻める機会があればフィニッシュもできる。とにかく、全力でプレイしてくれる選手だ。
https://www.sportingnews.com/jp/nba
泥臭いプレーを信条とする選手の存在は、チームにポジティブな変化をもたらす。
米プロスポーツ界隈ではリップ・サービスは頻繁にメディアに用いられ、日本出身の渡邊に対しても少なからずその傾向はあるだろう。しかし、ラプターズはフレッド・ヴァンブリートをはじめ、ドラフト下位指名選手やGリーグからの昇格組が多いチームだ。ニック・ナースHCも海外リーグや下部組織で経験を積んできた経歴がある。こうしたチーム文化もあり、彼らがキャンプから一貫して渡邊のエナジーを賞賛していることは本音の部分も少なくないのではないかと思う。
NBA定着には3&Dとしてのさらなる成長が不可欠

着実にラプターズで実績を積んでいる渡邊だが、それは起用方法にも表れている。1Qから起用されることも少なくなく、接戦時の4Qでも起用されることも増えてきていおり、チーム内での優先度も上がっていることが伺える。現地メディアでも本契約が期待されているが、本契約を結び、NBAに定着するにはさらなる成長が求められるだろう。
まず思い浮かぶのはオフェンスの向上だ。
Gリーグではスコアラーとして十分な実績があるが、NBAレベルではまだチームメイトの信頼を得られているとは言えない。現時点では3Pシュートは好調だが、2P成功率はリーグ平均よりもかなり低い。シュートには好不調の波があるため、オフェンス面の多様さを身につけ、NBAレベルにアジャストしていくことが必要だ。そのためには、NBA特有の技術やフィジカルさに慣れる必要がある。
また、評価が高いディフェンスや気迫溢れるプレーを継続していくことが求められる。
本契約に向けて必死にプレーしている現状は、プレイングタイムがある程度制限されているからこそ常に全力でプレーできているという側面もある。NBAではこれを80試合以上激しい試合を繰り返す必要があり、プレーオフではよりフィジカルでの勝負が厳しくなる。多くのルーキー選手が1年目の壁として当たるのがこの過酷さであり、それは渡邊にも当てはまる。渡邊自身も疲れを認めており、この辺はシーズンが進むにつれて大きな問題になってくるだろう。
正直なところ、26歳になる渡邊がNBAに定着するための時間は多くは残されていないだろう。
2way契約の期限となるNBA3年目を迎えた渡邊にとって、2020-21シーズンが勝負の年なのは間違いない。