近年のNBAはかつてないほどオフェンス力が上がっている。トレーニング技術の革新による個人スキルの向上に加え、ウォリアーズに代表されるように3Pシュートの重要性が各チームに認識されていることが大きい。ミドルシュートよりも3Pシュートの方が効率的と評され、ガードの選手だけでなく、センターやパワーフォワードといったインサイドの選手にもスペースを広げて、ロングシュートを打てることが求められる。こうしたリーグの潮流もあり、平均得点は長いNBAの歴史でも高水準になっている。
バスケットボールは突き詰めると「点取りゲーム」であり、勝利のためには一定以上のオフェンス力が不可欠だ。しかし、プレーオフを勝ち進むことを考えるとディフェンス力が重要とされている。圧倒的なオフェンス力を持つ選手が多いNBAにおいて、エースキラーとして相手チームのペースを崩す選手の価値は高い。
この3Pシュートとディフェンスが重要とされる現代において、3&D選手が重宝されるリーグの風潮に反映されている。
粒揃いの2019年ドラフト
2019年ドラフトは「ザイオン・ドラフト」と呼ばれるほど、ザイオン・ウィリアムソン一色だった。ザイオンは怪我で出遅れたものの、復帰後はドラフト1位に恥じない圧倒的な力を見せつけている。ザイオン復帰後のペリカンズはペイント内での得点がリーグ15位から4位に、リバウンドはリーグ11位から2位に大幅にアップしている。
また、2019-20シーズンの新人王の最有力候補とされているのは全体2位指名を受けたジャ・モラントだ。モラントは低迷すると予想されていたグリズリーズを牽引し、平均17.6点、3.5リバウンド、6.9アシストという好成績でチームをプレーオフ圏内に導いている。TS%も56.8%を記録しており、役割が近いウィザーズのブラッドリー・ビールのTS%が57.9%ということを考えても、リーグのトッププレーヤーと比較しても優秀な数字を残している。
ザイオンとモラント以外にも、2019年ドラフト組はRJ・バレット、コビー・ホワイト、タイラー・ヒーロー、八村塁と将来性の高い選手が揃っている。下位指名選手でもブランドン・クラーク、エリック・パスカルなどはチームの主力として高い能力を見せている。その中でも注目に値するのは20位でセブンティシクサーズに指名されたマティス・サイブルだ。
数字でみるサイブルのディフェンス力
サイブルは大学時代からディフェンスに定評があり、NCAAスティール王やPac-12年間最優秀守備選手など、多数の守備タイトルを受賞している。213cmという非常に長いウィングスパンを武器に、大学時代は1試合平均3.5スティール、2.3ブロックを残しており、シーズン平均2.0スティール、2.0ブロックを記録した選手は、過去20年間で3人しかいない。
では、ルーキーイヤーである2019-20シーズンのマッチアップ成績はどうだろうか?試合数が限られており、マッチアップ時間も7分~10分と限定的だが、NBA Statsのデータをもとにマッチアップ時間を100ポゼッションに換算してみた。
2019-20シーズン:マッチアップ上位6人の100ポゼッションのスタッツ
FGM | FGA | FG% | 3PM | 3PA | 3P% | |
ケンバ・ウォーカー | 10.5 | 25.0 | 42.1% | 5.0 | 13.2 | 37.7% |
ダービス・ベルターンス | 7.6 | 17.5 | 43.4% | 5.7 | 13.5 | 42.4% |
ザック・ラビーン | 12.3 | 27.4 | 45.0% | 4.2 | 11.0 | 38.0% |
ジョー・ハリス | 8.0 | 16.9 | 47.1% | 3.7 | 8.9 | 41.2% |
ダニー・グリーン | 5.4 | 12.9 | 41.9% | 3.4 | 9.1 | 37.8% |
トレイ・ヤング | 11.8 | 26.9 | 43.7% | 4.4 | 12.1 | 36.1% |
2019-20シーズン:サイブルがマッチアップした際の100ポゼッションのスタッツ
FGM | FGA | FG% | 3PA | 3PA | 3P% | |
ケンバ・ウォーカー | 9.8 | 29.5 | 33.3% | 4.9 | 19.7 | 25.0% |
ダービス・ベルターンス | 5.4 | 18.8 | 28.6% | 5.4 | 16.1 | 33.1% |
ザック・ラビーン | 9.1 | 33.2 | 27.3% | 0.0 | 12.1 | 0.0% |
ジョー・ハリス | 9.0 | 24.0 | 37.5% | 0.0 | 9.0 | 0.0% |
ダニー・グリーン | 7.2 | 25.2 | 28.6% | 3.6 | 14.4 | 25.0% |
トレイ・ヤング | 20.3 | 44.1 | 46.2% | 3.4 | 13.6 | 25.0% |
限られた時間ではあるが、サイブルは各チームの2ndオプションに該当する選手にマッチアップしている。PGで起用されているベン・シモンズもディフェンスの良さに定評があるが、サイブルが各チームで3Pシュートの役割が求められる選手にマッチアップしていることから、アウトサイドでのディフェンスを任される機会が多いことが伺える。
マッチアップした上位6名の中では、ホークスのトレイ・ヤングのFG%がシーズン平均よりも高くなっている。サイブルがマッチアップしている時の3P成功率は減少していることから、アウトサイドでタイトにマッチアップしているということがスタッツ上から読み取れる。サイブルが3Pエリアを潰していることで、ホークスはヤングとジョン・コリンズのピック&ロールやスクリーンプレーに切り替えていると仮定できる。
ザック・ラビーンとジョー・ハリスについてはサイブルとのマッチアップ時の3P成功数が0本であるため参考値ではあるが、平均するとサイブルがマッチアップしている際はFG%、3P%ともに10~12%減らしている。これはルーキーイヤーということを加味しなくとも、サイブルが既に計算できるディフェンダーであると考えられる。
優勝チームに必要とされる選手になるために
既にディフェンダーとしてはリーグ屈指の実力を持つサイブルだが、優勝チームに不可欠なプレーヤーになるためには幾つかの点で成長が求められる。
目立つのは3Pシュートの改善だ。今季は142本の3Pシュートを打っており、3P成功率は35.2%とまずまずの数字を残している。しかし、1試合平均では2.5本のシュートに対して0.9本しか決められておらず、平均19.5分の出場で4.7点しか取れていない。大学時代から得点力には課題があるとされていたが、強豪に所属してプレーオフで主力として活躍すためにはオフェンス面での向上は最重要案件になるだろう。
過去にはスパーズのブルース・ボウエン、セルティクスのジェームス・ポージー、ウォリアーズのドレイモンド・グリーンと、優勝チームにはリーグ屈指のディフェンダーが少なくない貢献をしている。彼らの最大の武器はエースキラーとしてのディフェンスではあるが、実際にはディフェンス一辺倒ではなく、要所要所でチームを救うオフェンスでのパフォーマンスを見せている。特にボウエンはディフェンス職人のイメージが強いが、キャリア終盤の3P成功率は40%を超えている。事実、プレーオフを勝ち抜く上で、何度も勝ちをたぐり寄せるシュートを決めている。ディフェンスに加えて、こうした要所でのオフェンス面の活躍は、優勝争いをする上でXファクターとして重要だ。
シクサーズで考えると、シクサーズにはエンビードとシモンズの2つの核がある。さらにはジョシュ・リチャードソン、トバイアス・ハリスとリーグ屈指のオールラウンダーが脇を固めている。当然プレーオフではエンビードとシモンズはかなり厳しいマークを受けることになるだろうが、サイブルの3Pシュートにある程度期待することができればインサイドアウトでの得点が期待できる。
また、ディフェンスにおいてはフィジカル面での強さを身に着ける必要があるかもしれない。ディフェンスは意識の部分が大きいといわれるが、213cmのウィングスパンと既にディフェンダーとしてのスキル面では問題ないだろう。しかし、今後ポジションレスが進むにつれて、よりフィジカルな選手とマッチアップする機会が増える可能性がある。ピック&ロールに対応するという面でも、フィジカルの強さは安定感につながる。スピードを維持しながらフィジカルを強化することは簡単なことではないが、サイブルがフィジカル面で成功できれば、さらに攻略が難しいディフェンダーになるだろう。